〜Reckless Love of God〜
私がアメリカのブリンアシン高校に在学していた頃、寮生活を送っていました。日曜日の教会礼拝への出席は必須で、行かなければペナルティが課せられるルールがありました。宗教が大事な生徒も、そうでない生徒も、寮に住んでいる限りは必ず礼拝に参加しなければなりませんでした。もちろん、どの教会に行くかは自由で、各教会によって開始時間や服装の決まりが異なっていたため、友達同士で予定を合わせながら、それぞれ日曜礼拝に向かっていました。
厳格なキリスト教徒の生徒たちは、きちんとドレスを着てカテドラルの礼拝に行ったり、地元のファミリー向けの礼拝に参加したりしていました。一方で、高校に最も近い演劇場を借りて行われていた「ニューチャーチ・ライブ」という礼拝も人気がありました。特に、あまり宗教に熱心ではない留学生や、地元出身ではない生徒たちによく選ばれていました。その理由は、名前の通り「ライブ感」のある、一般的な礼拝とは一味違うスタイルだったからです。
「ニューチャーチ・ライブ」の入口には、お茶やコーヒーが用意されていて、好きな飲み物を手に取ってから礼拝に参加できました。舞台の上では、マイクを持った牧師が説教というより「ライブショー」をしてくれます。そして、毎回異なるバンドやボランティアのシンガーによる音楽が演奏されるのです。厳格な礼拝が苦手な人、宗教にあまり関心がない人、朝早く起きるのが苦手な人にとっては、とても参加しやすい雰囲気でした。
当時高校生だった私は、そこまで教会に行くことに熱意がなかったので、他の寮生と一緒に「ニューチャーチ・ライブ」に行くことが多かったです。そこで頻繁に演奏されていたのが、Cory Asbury氏による「Reckless Love of God」という曲でした。今回は、この曲の歌詞を紹介したいと思います。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
“Reckless love of God” 「神の無謀な愛」
Before I spoke a word, You were singing over me
You have been so, so good to me
Before I took a breath, You breathed Your life in me
You have been so, so kind to me
私が言葉を発する前に、あなたは私の上で歌っていた。
あなたは私にとてもとてもよくしてくださった
私が息をする前に、あなたは私に命を吹き込んでくださった
あなたは私にとてもとても親切だった
Oh, the overwhelming, never-ending, reckless love of God
Oh, it chases me down, fights ‘til I’m found, leaves the ninety-nine I couldn’t earn it, I don’t deserve it, still You give Yourself away
Oh, the overwhelming, never-ending, reckless love of God
ああ、神の圧倒的で、尽きることのない、無謀な愛よ
ああ、それは私を追いかけ、私が見つかるまで戦い、九十九を残す。 私はそれを得ることができなかった、私はそれに値しない、それでもあなたはご自身を捧げる
ああ、神の圧倒的で、終わりのない、無謀な愛よ
When I was Your foe, still Your love fought for me
You have been so, so good to me
When I felt no worth, You paid it all for me
You have been so, so kind to me
私があなたの敵だったとき、それでもあなたの愛は私のために戦った
あなたは私にとてもとてもよくしてくれた
私が何の価値も感じなかったとき、あなたは私のためにすべてを支払ってくださった
あなたは私にとてもとても親切だった
There’s no shadow You won’t light up Mountain You won’t climb up Coming after me
There’s no wall You won’t kick down Lie You won’t tear down Coming after me
あなたが照らさない影はない あなたが登らない山はない
私を追いかけてくる
あなたが打ち壊さない壁はない あなたが引き裂かない偽りはない
私を追いかけてくる
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いかがでしょうか。この曲は実は賛否両論なんです。
なぜかというと、Reckless(無謀)という言葉が主を表すのにふさわしくないという意見があるからです。実際、「よく考えずに無鉄砲に行動すること。無思慮。」という意味なので一理ありますよね。
しかしCory Asbury氏は、主そのものを無謀だと言いたいわけではありません。彼は、マタイによる福音書18章12-14節の
「あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる九十九匹のためよりも、むしろその一匹のために喜ぶであろう。」
や、同じく18章の21-22節の
「七たびを七十倍するまで赦しなさい」
を引用し、神の損得を考えない深い慈悲や無限の赦しを示唆しています。
スウェーデンボルグの著作では「七」は全体性や完全性を象徴し、「70×7回赦しなさい」という教えは単なる回数ではなく、永続的な赦しの姿勢を示しています。Cory Asbury氏自身も、「過去に多くの過ちや後悔があったが、それでも神は見捨てずに愛してくれた」と語っており、神の愛は何があっても諦めることなく、常に私たちを迎え入れてくれます。その愛は、人間の目から見れば「無謀(reckless)」に思えるほど圧倒的である、というメッセージを伝えています。
高校時代、「ニューチャーチ・ライブ」で何度も耳にした「Reckless Love of God」。当時の私は、ただ「いい曲だなぁ」と思うだけでした。でも、年数が経ち、歌詞の意味をじっくりと考えるようになると、この曲に込められた深いメッセージが心に響くようになりました。
神の愛は、私たちの目から見れば「無謀(reckless)」に思えるほど圧倒的で、見返りを求めないもの。その愛の大きさや、どんな状況でも見捨てない慈悲深さが、この曲には詰まっています。
お祈りの習慣がない方でも、この曲を聴くことで、まるで祈っているかのような気持ちになれるのではないでしょうか。静かに歌詞を味わいながら、心を落ち着ける時間を持つのも素敵ですよね。
皆さんはこの曲を聴いたことがありますか?
感じたことやご意見があれば、ぜひ教えてください。
