ダニエル・フロスト
「彼らの間に、誰が一番偉いのかという議論が起こった。イエスは彼らに言われた。「異邦人の王たちはその民に対して権力をふるい、その支配者たちは『恩恵を施す者』と呼ばれている。
しかし、あなたがたの間ではそうではない。かえって、あなたがたの中で一番偉い者は、最も若い者のようになり、支配する者は仕える者のようになりなさい。いったい、食卓に着く者と仕える者と、どちらが偉いのか。食卓に着く者ではないか。しかし、わたしはあなたがたの間で仕える者のようにしている。」(ルカ22:24)
「天界の喜びとは、偉大さや優越の喜びでなく、謙遜と、他人に仕える情愛の喜びであること、また偉大になることでなく、最小のものになることを望むことです。」(天界の秘義3417)
一番偉い人、優れている人は誰か?人々は常に知りたがっています。それが、『ギネス世界記録』が世界一売れている本の一つである理由です。ちょうどパリでオリンピックが大詰めを迎えているので、この話題を選びました。アスリートの多くが世界記録を破り、歴史に名を刻むことを望んでいます。そして、記録を達成すると、その競技では優れる能力を持つことが証明され、称賛されます。これにより個人の能力を実感し、次世代の人々の良い結果を出したい意欲を刺激します。
否定的な意味で言えば、優秀さをランク付けする愛は、自意識と世間愛によって駆り立たせられます。物質的に言えば、何が最も優秀であるかを区別するのは、それを利用して自分自身を良く見せるためでもあります。例えば、著名なデザイナーの名前が付いたファッションを着る人がいます。それにより、彼らの優れたファッションセンスが自分に与えられるからです。また、特定の会社の製品を使用するのは、それが自分たちのイメージを向上させ、自分たちの優秀さを示す方法だからかもしれません。
これが争いを引き起こす原因になることもあります。これは、特定の組織に加入することで、その組織が自分の価値を認めてくれることを目的とする場合です。現在のアメリカ合衆国では、所属する政党によって反映されています。その政党に加入することで、自分の考えが正しく、したがって善であると考えたりします。反対側は間違っていて、悪であると考えます。
これは霊的な判断であるかのように扱されますが、実際には非常に物質的で世俗的なことに過ぎません。これについて、米国の新教会ブリンアシンで毎週発行されている「ブリンアシンポスト」に掲載された、デレク・エルフィック牧師の短い記事「平和には…」を参考に、アルカナ友の会主催の集いで話し合われました。それは、師がアメリカの政治について、友人と深刻な感情的争いに巻き込まれたことについての話でした。その争いは友情を終わらせる危険があり、彼にとって非常にトラウマ的なものでした。彼はなぜ主がそのようなことを許されるのかを考えていた時、「天界の秘義」第8455項を思い出しました。
それは以下のように述べています。「平和は、主への信頼を内包しており、その信頼とは、主がすべてを支配し、すべてを提供し、そして良い結末に導くという信頼です。」
これにより彼は、主を信頼することが重要であると再確認し、安堵しました。政党に所属しているだけで自分が正しいとする考えは消え去りました。重要なのは、これが他の人によりよく奉仕するために、主が提供されたということです。世俗的な栄光のためではなく、これが最も重要な考えであるべきです。引用文は次のように締めくくられています。
「人が主について、これらのことを信じる時、その人は平和の中にあります。なぜなら、彼は何も恐れず、将来のことについての不安に悩まされることもないからです。人がこの状態にどれだけ達するかは、主への愛にどれだけ達するかによります。」
さて、弟子たちが誰が一番偉いかを議論していた場面に戻ります。主は、「最も偉い者は最も多く仕える者であるべきである」と言われ、ご自身は皆に仕える者であるとおっしゃいました。イエスはこれを、地上での生涯を通じて行いました。神性の目的を物質的または世間的な枠組みに収めることを拒み、その時代に地上に蔓延していた暗闇の中で、神性の光を輝かせるために働かれました。
私たちも霊的な真理を学ぶ中で、同じように努めるべきです。これは、何がより
良いかを判断するなという意味ではありません。その判断力は私たちの核心に組み込まれています。それは、お互いにより良く奉仕する方法を見つけるために与えられたものです。ですから、困っている人に最善の解決策を提供するのは当然のことです。
何年も前、ブリンアシン大学で、ガーナのジャンフィー・マーティン牧師が語ってくれました。彼は、最良のものを持つことは、必ずしも悪いことではないし、その人が利己的であるとか間違っているという意味ではないと指摘しました。たとえば、権力を持つ人がベンツに乗る場合です。その車は、その地位の重要性を反映し、その人が職務を遂行する上で役立つでしょう。同様に、私たちが最も優れているとする他のすべてのもの、デザイナーファッション、住む地域、またはその他のステータスの象徴も、それ自体が重要なのではなく、それがどれだけ他者に奉仕するのに役立つかが重要です。
この奉仕は、地上における主の生涯の最大の奉仕と同様に、私たちの力の唯一の真の源です。『天界の秘義』第3417項の結びには次のように記されています。
「…確かにいえることは、一人の天使は、何千何万の地獄霊より力があります。それも自力でなく、主からの真理の力です。そのような意味で、天使たちは、偉大になり、優越し、力をい、命令すると言えます。主に依存すればするほど、それだけ自力では何もできず、むしろ最小であると信じるようになります。またそれを信じれば信じるほど、人に仕えるという謙遜と情愛をもつようになり、それだけ、主への愛の善と、隣人への仁愛の善のうちにあることになります。」
さて、もっとも優れた、偉大な人は誰でしょう?それは言うまでもなく、すべての創造に命を吹き込み、その偉大さと驚異をすべての人が分かち合うことを望む主のみです。
アルカナ出版 11月号より
