アルカナ出版は、18世紀ヨーロッパ、スウェーデン国の科学者、哲学者、神学者エマヌエル・スヴェーデンボリのラテン語原典を翻訳し、出版・発行しているささやかな出版組織です。アルカナとは「秘密」や「秘儀」を意味し、私たちは真理を世に発信することを使命として活動しています。

隣人愛

隣人愛とは何か──「善きサマリア人」の教えから学ぶ

「隣人愛」という言葉を初めて聞いた時、皆さんは何を思い浮かべますか? 私が最初に思ったのは、「隣にいる人を愛するってこと?」でした。でも実際には、物理的に隣にいる人だけを指すのではありません。

キリスト教において「隣人愛」は非常に重要なテーマであり、イエス・キリストがそれを説明するために語った「善きサマリア人」の話があります。この話は、ルカ福音書10章25節から37節に記されています。

善きサマリア人の話

ある律法学者がイエスに「永遠の命を得るには何をすべきですか?」と尋ねます。イエスは、「律法には何と書かれているか」と問い返し、律法学者は「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして主なる神を愛し、自分を愛するように隣人を愛しなさい」と答えます。

イエスは「その通り行いなさい」と言いますが、律法学者はさらに「では、隣人とは誰ですか?」と質問します。この問いに答えるため、イエスは次のような例え話を語りました。

ある人がエルサレムからエリコへ向かう途中、強盗に襲われ半殺しにされてしまいます。そこを通りかかった祭司とレビ人(ユダヤ教の宗教指導者)は見て見ぬふりをして立ち去ります。しかし、当時ユダヤ人と敵対関係にあったサマリア人がその人を見つけ、傷を手当てし、宿屋に連れて行って世話をしました。

話の最後にイエスは律法学者に「この三人のうち、誰が強盗に襲われた人の隣人だと思うか」と尋ねます。律法学者は「その人に慈悲深い行いをした人です」と答え、イエスは「あなたも同じようにしなさい」と言いました。

隣人愛の本質

この話が示しているのは、隣人愛とは「民族や宗教の垣根を超え、困っているすべての人に愛と慈悲を示すこと」だということです。つまり、私たちは誰かに対して、どんな背景があろうと、自分がしてもらいたいように接するべきなのです。

日常生活においても、隣人愛は実際に目にすることができます。例えば、大きな駅で迷子になっている人を助けたり、ご近所におすそ分けをしたりする行為です。こうした小さな親切こそ、隣人愛の表れではないでしょうか。

隣人愛の難しさ

しかし、現実には誰にでも優しくする余裕はないと感じることもあります。特に、自分に害を与えるような人を愛するのはとても難しいものです。実際、私も苦手な人を愛するなんて考えられません。

そんな時に私が受けたアドバイスがあります。それは、**「他人の悪を愛さなくていい。他人の中にある善を愛せばいい」**ということです。確かに、それは簡単なことではありません。ですが、他人の中にある善を見つけ、そこに目を向けることが隣人愛に繋がるのではないかと感じています。

隣人愛の実践

私はまだまだ、悪に心を奪われそうになる場面もあります。けれど、それに気づきながら少しずつ成長していくことが隣人愛を実践するための道だと思っています。

隣人愛は、完璧でなくてもいい。小さな親切や思いやりの積み重ねが、いつか私たちをその本質に近づけてくれるのではないでしょうか。今日から、身近なところでできる隣人愛を探してみませんか?

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